つげ 義春
- 6月6日
- 読了時間: 2分
更新日:6月25日
インテリア ハナワのブログをご覧頂きありがとうございます。
僕の尊敬する漫画家つげ義春さんの訃報を知らせる記事が茨城新聞に掲載されていた。

30年前、僕は下北沢にある改装自由なシェアハウスに極めて個性的な人達と一緒に住んでいた。
そのうちの1人、隣部屋の「旦那」(敬称)から「すごく好きだと思うよ」と渡された1冊、それがつげ義春さんの漫画だった。
旦那は、ポニーキャニオン音楽事業部に勤務していたが、退職したと同時に僕の住んでいたシェアハウスに引越してきた。
夏の最中、大量のレコードと本を一緒に旦那の部屋まで運んだことを、今でもよく覚えている。
デビュー前の椎名林檎をライブハウスで初めて観た時の衝撃や自身で発掘したバンド、他のミュージシャン達の面白い話を沢山聞いた。
当時の僕は、バンド活動も早々に辞めて、人生を模索しながら悶々とした日々を過ごしていた。
適当にバイトをしてはひっそりと部屋で毎日本を読み過ごす毎日、昼も夜もなければ、今日も明日も予定もないのだ。
旦那からつげ義春さんの漫画を渡されたのは、そんな時だった。
つげ義春さんの描く世界は、時代や人間の暗部、「社会」という規定の枠からはみ出してしまった人達の日常。
マイノリティな人々の生活であり、人生なのだ。
作中の登場人物の有り様は、自分が置かれている状態と妙にシンクロし、夢中で読み入った。
30年前渡されたその1冊の本は、思い悩んでいた当時の僕に対する、旦那からの粋なサプライズだったと今にして思う。
翻って(ひるがえって)、現代人は何かと生きづらさを感じながら日々生活を、いや人生そのものを過ごしているのではないだろうか。
つげ義春さんの作品はかなり古い時代の作品なので、時代的に許容されない描写や表現も当然ある。
しかし、作品の根幹となるリアリズムの中には、現代人が忘れかけた、自分を少しだけ俯瞰(ふかん)して見れる客観性とユーモアさを感じる。
見出しに、「不条理な現実 直視し表現」とあるが、誰よりもも生きにくさを感じながらも作品を描き、御年まで人生を全うしたのは、誰でもないつげ義春さん自身だった。
30年前となんら変わらず、「つげ義春ワールド」に、僕は現在も大いに勇気づけられている。

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